My Journey to MGTx – Shinji Fukuda, Ph.D.

「人間は腸内細菌の乗り物である」。これは、私が大学生時代から20年以上腸内細菌叢研究に取り組んできた中でたどり着いた、ひとつの仮説です。

ヒトと腸内細菌はお互いに共生関係にあり、互いに影響しあいながらひとつの生命体として存在しています。これを「スーパーオーガニズム」と呼びますが、特に短鎖脂肪酸のような腸内細菌叢から産生される代謝物質は、腸の細胞に作用したり、あるいは腸から吸収されて血中に移行し、全身に作用することで私たちの免疫系や代謝系さらには脳機能にまで影響を与えることが明らかになっています。その結果、ヒトの生理機能の制御や疾患の予防・治療に役立つことが近年の研究で続々と明らかになってきています。

理化学研究所で腸内細菌叢の研究をしていた当時、恩師である大野博司先生からいただいた、「ナンバーワンかつオンリーワンの、君にしかできない研究をしなさい」という言葉を胸に、誰しもに価値がある腸内細菌叢研究をしようという気持ちで日々研究に励んでいました。その甲斐もあって、短鎖脂肪酸が腸管感染症を抑制したり、炎症反応を抑制したりすることを発見した研究成果を世界的な科学雑誌『Nature』に複数掲載することができました。当時はこの研究成果が実社会に還元され、人々の生活に貢献できると当然のことのように思っていたのです。

しかし、そこには厳しい現実がありました。基礎研究で見えてきたシーズが実社会で活かされるまでには、多くの開発資金や途方もない時間が必要なこと、さらには社会におけるニーズの顕在化など、様々なハードルがあること、さらには腸内細菌叢研究分野に充てられる研究費が海外と比べて当時は大幅に遅れを取っていたこと。そんな現状を打破しない限り、せっかくの研究成果も、人々の生活に役立てることは難しいということを痛感しました。

そうした経験から、自身で起業し基礎研究から事業化までをシームレスに一気通貫で行うことができれば、基礎研究成果をより早く社会実装可能になる、という考えに至ります。腸内環境の適切な制御(これを腸内デザイン®と呼んでいます)により「病気ゼロ」を実現する。その想いで、国内でもトップティアの腸内細菌叢バイオインフォマティクス研究者である山田をはじめとするメンバーと株式会社メタジェン(MG)を2015年に設立しました。

なぜ、「病気ゼロ」なのか。私は、人々の挑戦や自由を妨げるものの一つが病気であり、「健康でやりたいことをやり続けられる」ことが“幸せ”につながると考えています。「病気ゼロ」を実現するには、健康な人が病気にならないように「予防」をするための事業と、すでに病気になってしまった患者さんを「治療」するための事業の2つのアプローチが必要です。

MGでは予防、つまり「ヘルスケア」の観点から事業化に取り組んでいますが、「病気ゼロ」を達成するには“健康に関心がない人をも健康にする”ということが必須であり、いかにして健康に導くかといった“文化形成”から取り組んでいくことが求められます。

一方、患者さんを治療する「医療・創薬」という観点では、ヘルスケアに比べてスピード感がとても重要です。そこで、2020年にメタジェンセラピューティクス株式会社(MGTx)を子会社として設立し、その後医療・創薬のエキスパートを中心とした独自の経営体制を持つグループ会社として外部資金調達を進め、腸内細菌叢を活用した新たな医療・創薬事業を加速度的に進めることにしました。

MGTxでは、健康な人の腸内細菌叢を患者さんの腸内に移植して病気を治す「FMT(腸内細菌叢移植)」の社会実装と、腸内細菌叢研究に基づいた「創薬」に取り組んでいます。腸内細菌叢を活用した新しい「医療」や「創薬」を進めることで患者さんの治療に役立てるのと同時に、腸内細菌叢の重要性を多くの人に知っていただき、文化形成につなげたいと考えています。

MGもMGTxも最終的なゴールは一緒です。「健康でやりたいことをやり続けられる」社会の実現。その一歩が「病気ゼロ」であり、MGTxではとくに目の前の患者さんを救い、そして「患者さんの願いを叶え“続ける”」ために活動しています。

私は、腸内細菌叢が持つ「可能性」を強く信じています。そもそもこの想いは共生関係を築いている腸内細菌叢に脳腸相関を介してそう思わされているのかもしれません。病気を治すための治療がいらなくなる社会、そして誰もがやりたいことをやり続けられる社会の実現に向け、腸内細菌叢と共に前人未到の挑戦を続けていきます。

メタジェンセラピューティクス株式会社
最高科学顧問
福田真嗣